―第2回 700を超える名作はこうして生まれた―

ひょんなご縁から始まった手塚治虫遺伝子解析プロジェクト。解析は進んでいるのでしょうか?

手塚治虫は、完璧主義者だった。

佐藤少しずつではありますが、解析結果が出てまいりました。性格面で言いますと、神経質な傾向があったようです。

手塚確かに思い当たる部分があります。例えば、自分の作品に対して本当に細かいところまで気を配っていましてね、それこそ背景のはじっこの雲があったら、雲のはじっこの最後の最後のところまで気を遣い続けるというような、作品に対する気配りという意味での神経の細かいところはありましたね。それに対しての周りの人たちの考え方についてもすごく気を配ってましたし、とにかく非常に完璧主義者でもありましたしね。そういうところは、神経がとても繊細だったんです。その一方で、本当に広いものを受け付けるっていうんですかね、絶対否定をしないんですね、なにに対しても。これもあるんだ、これもあるんだ、というような考え方で。そういうことで受け入れていく。たとえばアシスタントにあまり技術力の高くない人がいたとしても、ものすごくがんばらせて一生懸命仕事をさせるんですけれども、でも結果として、彼が限界の仕事をやったら、そこで認めるんですね。そこまではやらせるんですけれども、でもそれ以上無理だと思ったら、「ありがとう」といってそれを受け入れるようなね、そういう作家として非常に懐の広いところがあるんですね。そういう点は、一つひとつの結果は、そうだそうだと思い当たる感じになっていますね。

単行本1冊を読み終えるのにかかる時間はわずか3分。

佐藤仕事に関連するような項目は他にもありまして、記憶力が高い傾向にあったようです。

手塚結局、手塚治虫の創作のもとになっているというのは、膨大な記憶力なんです。たとえば子どものころにちょっと聞いた話とか、だれかが雑談で言っていたお話とか、ものすごく記憶していて、それを頭のなかで自由自在に組み合わせることができるんですよね。3つぐらいの面白いエピソードがあったら、それを3つ組み合わせることでひとつのストーリーができてしまう。そういうストーリーをつくる技術のもとになっている材料というのが、記憶力なんです。あとやっぱりすごいのは、目で見たものを瞬時に記憶できるという、これはなんと言うんですかね、特別な記憶力ですね。たとえば本を読むときに速読ができるんですね。文字を追って理解しているのではなく、ぱっと見た瞬間に、(サヴァンだ)一種のサヴァン症候群的なものなんですけれど、ですから単行本1冊は3分くらいで読み終えて、それを頭のなかで理解して咀嚼もできるという力がありまして、これはそのまま仕事の内容に影響しているといいますか、糧になっていますし。あとはその絵なんですけれども、本に載っている写真で気になるものは、確実に記憶するんですね。たとえばアシスタントの方に漫画の背景を指示するときに、後ろに本棚があって、本棚の何冊目にある本の何ページの絵を描きなさいと、頭のなかでそれを覚えていて、それを指示することができるんですね。それ、たとえば本人が海外に行ってしまったときに、海外から国際電話でアシスタントに指示を出して、何冊目にこういう写真があるはずだ、そこまで記憶していたという。で、自分が描いたものは絶対に忘れないんです。だから、自分が何カ月も前に描いた漫画の何ページ目の左下にある、それと同じような自動車を描いてくいださい、そういう指示の仕方ができるんです。だから異常な記憶力ですよね。

好奇心こそが制作の原動力。

佐藤好奇心の強さも高い傾向にあったようですが如何ですか。

手塚これはもうみなさん、おわかりになると思いますけれど。それが本当に、人の雑談のなかからもなにかを発見しようとしていました。ですから、面白いんですけれども、タクシーに乗るとですね、運転手さんとすごく話をするんですね。疲れていても運転手さんと話をして、そこで運転手さんが語っている話のなかに、なにか参考になるアイデアはないか、そのぐらい好奇心は強かったですね。

佐藤手塚治虫先生だけでなく、いわゆる天才と言われる人たちの遺伝的傾向としては、情報処理速度遺伝子が高い傾向にあるんですね。ですから、原稿の話をお伺いしたときには合点しました。先生は、いろいろな作品を並べて、同時並行で描いていたそうですね。普通、ひとつの作品に集中すると思うんですけれど、複数の原稿をいろいろなところから埋めていくという。

手塚今はパソコンがあって、マルチタスクという言葉にみなさんぴんとくると思うのですが、一度にいろんな仕事ができる。その処理速度が尋常ではなかったと思います。たとえば、ひとつの漫画を描きながら、次の漫画のアイデアをしゃべることができる。つまり、ひとつの漫画を手ではAという漫画を描きながら、電話をかけてBという漫画のストーリーを編集の人にずっと伝えることができるんですね。だから、頭がふたつないとできないことをやってるんです。そのぐらい情報の処理ができる人間だったんです。これこそが、天才と言われる所以です。

手塚治虫先生は、60年の生涯で15万枚を超える原稿を描き、700を超える物語を作りだしました。多くの名作を残すことが出来た理由は、まさに手塚治虫先生の性格が成せた技なのかもしれません。

次回、最終回は今後の遺伝子解析プロジェクトの展望についてお二人に語っていただきます。お楽しみに。

対談一覧へ戻る